防波堤

昧爽どきを通り抜けてたら

海を見ることのない夏

今年の夏は実家に帰らない、と選択したのはお盆の直前で。一人暮らしを始めてから毎年毎年なんだかんだと盆と正月は家族に会っていたので不思議な感じ。オンライン帰省みたいな儀式も済ませた。画面の向こうで柔らかい表情をしている父親に、複雑な気持ちになる。そんな表情は孫にでも向けてくれ。まあ少なくとも今のところ私にはそんな予定はないし、それに関しては正しい矛先を産み出せずに申し訳ないが。

ずっと家にいると近所の人間の生活模様を、少しずつ覗き見ることになる。例えば隣の部屋の住人は平日が休みで、火曜の夕方になると掃除機をかけて料理を準備する。しばらくすると彼氏だろう男の人の声が聞こえてきて、水曜の夜まで楽しそうに過ごす。お向かいのアパートの一室は服飾を生業としている人がアトリエとして使っているようで、作りかけの珍妙な服が窓辺に飾られている。たぶん私の生活も隣人や、近所の人達に少しずつ漏れていて。遅い時間に電子レンジを使うとか、バラエティを見ながらつい笑い声を上げてしまうとか、それ以外にもいろいろ知られているんだろうなと思う。相手の名前も顔も知らないのに、長く家にいるというだけでお互いのことを少しわかったような気になる。田舎ではよくある、ご近所付き合いの煩わしさとかはそういうところから生まれてくるのかな。

最近はよく近所を散歩するようになった。おかげで、改めて自分の家の周りの地名や位置関係なんかを知ることになった。この街にはもう5年も住んでいるのに、家と駅の往復では一生気づかなかったこと多くて得をした気持ちになる。

そういえばこの間は明るい夜道でハクビシンとすれ違った。じろじろと視線を向ける人間を気にもとめない様子で堂々と歩道を歩き、真横ぎりぎりを通り過ぎていった。おかしな夏だけど、悪いことばかりじゃない。